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盛岡地方裁判所 昭和31年(行)25号 判決

原告 菅原惟一郎

被告 室根村選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告委員会が昭和三一年九月一七日になした原告の異議申立を棄却するとの旨の決定はこれを取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、原告は室根村長であるところ、今川満は昭和三一年六月二三日被告から原告を解職する請求代表者たることの証明書の交付をうけ、菅原優輝、小松隆、千葉千代治らに解職請求署名の収集を委任して加藤康利ら室根村の有権者一九七〇名の署名を収集し、同年七月一七日被告にその署名簿を提出した。被告は審査期間(七月一八日から八月九日まで)を経て右署名簿を七日間縦覧に供したので、原告は八月一六日収集手続に違法があるから右署名は全部無効であると主張して被告に異議申立をしたが、被告は九月一七日付右異議申立を棄却する旨決定し、その決定書は翌一八日原告に送達された。

しかし、右署名は左の理由により全部無効であり、従つて異議を棄却した被告の決定は違法である。

(イ)  解職請求の形式的代表者は今川満であるが、実質的な代表者の行為は当時室根村議会議員の菅原優輝がこれを掌り同村教育委員会委員の千葉千代治も村長解職実行委員会副委員長として主導的役割を果してなしたものであり、このような代表者によつて収集された前記署名は地方自治法第八五条施行令第一一八条公職選挙法第八九条に違反し地方自治法第七四条の三第一項第一号により全部無効である。

(ロ)  かりに菅原優輝、千葉千代治が実質的代表者でなかつたとしても、同人らは前記のように同村の公務員であり、小松隆も当時同村農業委員会の委員であり、前記収集署名は直接同人らの収集した署名及び同人ら公務員が他の署名収集の受任者と行動を共にして収集したものである。前記法条が公務員の在職中の解職請求代表者になることのできないとした理由は、その公職の地位を利用し、一般有権者に勢力的に心理的影響を及ぼす可能性あることを慮つて代表者として、署名収集に関与させないとしたものであり、代表者になれないとすれば更に一歩前進して直接選挙民に接して署名を求めることは尚更法の禁止するところと解さねばならない。もしそうでないとすれば、代表者にはさしさわりのない者に委任し実際上の運動は全部公職にあるものが遂行するとすれば、法の趣旨は全く没却されるに至るからである。よつて原告解職請求の署名は前記法条の趣旨により全部無効である。

(ハ)  前記署名は原告解職請求代表者及びその署名収集の受任者らが、村長解職請求の理由として事実無根のことを詳細説明し詐言をもつて収集したものであるから全部無効である。

と述べた。

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として

(イ)  菅原優輝、千葉千代治が実質的代表者であつたことは否認する。

(ロ)  直接請求制度は憲法第一五条に規定されている国民固有の権利である。地方自治法により公務員が請求代表者になることは禁止されているが、これを拡張して解釈することは不合理であり許さるべきでない。原告主張の受任者がそれぞれの公職にあることは認めるが、法律はそれらの者が署名運動をし、署名を収集することを禁じていないから、署名が無効になるものでない。ただ教育委員会委員については「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(昭和三一年六月三〇日法律第一六二号)第一一条第五項の規定により同日から積極的に政治活動をすることが禁止されたから、千葉千代治の収集した署名は全部無効と決定してある。

(ハ)  村長解職請求の理由として代表者らが掲げた事由はすべて虚偽とは認められず、従つて詐偽といいうる程度か否か疑問であるから、被告は無効の理由がないとしたのであり、かりに虚偽としてもその程度が署名の収集に重大な影響を及ぼさないものと考えるからこれをもつて全部無効の理由とはなりえないものと信ずる。

と述べた。

(立証省略)

理由

(イ)について、

原告提出援用の全立証によつても原告主張のように今川満が形式的解職請求代表者であり菅原優輝、千葉千代治が実質的代表者であつたことは認められないから原告の(イ)の主張は理由がない。

(ロ)について、

地方自治法にいわゆる直接請求は選挙に準ずるものと解するのを相当とする。このことは、公職選挙法中普通地方公共団体に関する規定を原則として直接請求に準用している(地方自治法第八五条)ところからも窺うことができる。従つて解職請求の署名を求めることは一種の選挙運動と解せられるところ、村議会議員、農業委員会委員の選挙運動を制限した規定は存しないから、前記菅原優輝、小松隆がそれぞれの公職にありながら署名収集の受任者として活動したことは争のないところであるが、それのみによつて署名は無効となるものではない。教育委員会委員については、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」第一一条第五項により昭和三一年六月三〇日から積極的に政治活動をすることは禁止されたが、原告本人尋問の結果によれば、千葉千代治の収集した署名は被告によつて全部無効と決定されたことが認められ右認定を左右するに足る証拠がないから、原告の(ロ)の主張も理由がない。

(ハ)について、

地方自治法第七四条の二によれば、署名の効力を争う場合については、短期の出訴期間が定められておる。原告が(ハ)の事由を主張したのは原告提出の昭和三一年一〇月二二日付の第二準備書面であり、本訴の出訴期間が一〇月二日限り満了することは本件記録上明らかであるからこの点の主張も失当である。

よつて、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 瀬戸正二 梅村義治)

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